その男は熱心だった。だから、こちらが覚えていないということを隠しながら、話を合わせるのは、大変な作業だった。でも、案外、男の方は、私と自分に夢中で案外、何も気付いていなかったのかも知れない。
しかし、話を重ねるようになって、入社式の時にこの男がいたことは思い出した。確かに、会っていたのは間違いないようだ。嘘だとしても、それは本人の記憶違いということで、口説き初めの常套手段ではあるが、どうやら嘘は言っていないようだ。しかし、記憶力が良いのだろうか?入社式のことを事細かに覚えているようだ。随分、前から私のことを狙っていたのだろうか?それとも、詳細に関しては、ある程度、嘘を交えているのだろうか?だが、なんとなくではあるが、嘘を言っているようには思えない。そんな気がした。
思えば、その男の異常性は、この時点で気付いておくべきだったのかも知れない…。
その男は熱心に飲み会という名の社内合コンに参加していた。不器用な男だ。目的が私であることは明らかだった。なんとかして、私の近くに座ろうとしているのが分かる。また、非常に聞いてくることが多い。データを収集しているつもりなのだろうか?あまりに意図が明白すぎる。
しかし、明白な意図も悪い結果を生み出す訳ではない。明白な意図は、まわりの人間、私の同僚にも、当然、伝わっており、そのことを会社での休憩時間等に冷やかされるようになった。
「あの人、絶対、あんたに気があるって。」 多分、そうだろう。
「とりあえず、付き合っちゃえば?」
こういったことをよく言われるようになった。構造的に大学と似ていると感じた社内は、昼に関しては、高校とも似ているようだ。「とりあえず付き合う。」。考えようによっては前向きな言葉かも知れない。クーリングオフという言葉もある。もっとも、熱くなっている訳ではないが。お試し期間と考えられるかも知れない。大人の付き合い方というものだろう。
何にしろ、悪い気持ちではなかった。
同僚の勧めで、相手の告白を待つことにした。勿論、勧められなくても、そうしただろうが、同僚が言うには、後々、その方が有利だとか。まあ、分からなくはない。とにかく、それからは、男が話しかけてくるのに任せて、勤めてそつなく話すように心がけた。駆け引きというものだろうか?
一月もしないうちに結果は出た。やはり、不器用なようで、その申し出は決してスマートなものではなかったが、誠意は伝わった。「了解」の返事を返すと、男はこれ見よがしに喜んだ。わざとじゃないのかと疑える程に。やはり、悪い気分ではない。
その日の最後に、男は、こう言った。
「絶対に幸せにする。」
なんとも気の早い男だ。
続く?
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